2023年10月05日 カテゴリ:眠り

働き方で睡眠時間はどう変わる?日本企業に求められる「健康経営」とは

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働き方で睡眠時間はどう変わる?日本企業に求められる「健康経営」とは

「世界一眠らない国」とも称される日本。

適切な睡眠時間を確保できなければ、日中のパフォーマンスが低下。睡眠時間の短さと併せ、労働生産性の低さを指摘するニュースを目にすることもしばしばです。しかし、恒常的に睡眠時間を増やすには、個人の生活改善だけでは限界があるはずです。

そこで今回は、「働き方と睡眠」にフォーカス。働き方の変化によって、私たちの睡眠はどう変わるのでしょうか?日本人の働き方について労働経済学の観点から研究し、睡眠時間と労働生産性に関する講演も行う、慶應義塾大学の山本勲先生にお話を伺いました。

 

睡眠と働き方の関係を示す、週休二日制の普及


日本人の睡眠時間は、右肩下がり。そのことを示しているのが、総務省が5年ごとに実施している「社会生活基本調査」です。調査が開始された1976年の平均睡眠時間は、男性8時間15分、女性7時間56分。2016年は男性7時間45分、女性7時間35分。1976年から2016年の40年間に、男性は33分、女性は24分、平均睡眠時間が減少しています。

では、日本人の働き方はどのように変化しているのでしょうか?

働き方と睡眠。双方の変化と関わりを知るため、山本先生は「社会生活基本調査」からフルタイム雇用者のデータを取り出し、労働時間と睡眠時間の推移をそれぞれにグラフ化。そこから見て取れるのが、1986年を境とした変化です。





「1986年前後に起こったのが、週休二日制の普及です。1986年以降、土曜日の労働時間は減少しているのに対し、平日の労働時間は増加しています。一方、睡眠時間にも1986年を境に変化が見られます。平日の睡眠時間は減少しているのに対し、土曜日は増加。これらは週休二日制によって土曜日が休みになった分、平日の残業が増えたことを示唆しています。そのシワ寄せが睡眠時間にも及んでいる、という見方ができるのです」

目盛りの関係により、あまり変化していないようにも見えますが、1986年と2011年を比較すると、平日の労働時間は0.4時間増加。これに反し、平日の睡眠時間は0.37時間減少しています。労働時間の増加と睡眠時間の減少の数値がほぼ一致することからも、平日の残業が睡眠時間に影響を与えていることが分かります。

「昨今、多くの人が休日であるはずの日曜日の睡眠時間が減少していたり、働いていない高齢者の睡眠時間が減っていたりするため、生活様式の変化も睡眠時間に影響していると考えられます。しかし、週休二日制による変化を見れば、働き方が日本人の睡眠時間に関係していることは明らかです」

 

右肩下がりの睡眠時間を変化させたテレワーク


働き方が睡眠時間に影響する。そのことを示唆する事例は、ほかにもあります。ご紹介したとおり、1976年から2016年まで、日本人の睡眠時間は右肩下がり。それが2021年の「社会生活基本調査」では、男性の平均睡眠時間は7時間58分、女性は7時間49分という結果に。前回調査の2016年と比較すると男女共に増加し、全体では14分増えています。

「これにはコロナ禍によるテレワークの普及が影響していると考えられます。出社せず、在宅勤務をするという働き方の変化により、実質の拘束時間が短縮。残業が生じたとしても、場所は自宅。帰宅に時間を要することなく、就業後、すぐに就寝することも可能です。その結果、睡眠時間が増加したのではないでしょうか」

一方、山本先生は「大きな変化ではないものの、2018年以降、労働時間が減少傾向にあります。その理由として考えられるのが、行政の施策です」と指摘。なぜなら2018年は、「働き方改革関連法」が成立・公布された年。時間外労働の制限や年次有給休暇の取得義務などが盛り込まれ、翌2019年4月から順次施行されています。

 

従業員の睡眠時間と企業パフォーマンスの関係性


ここに来て日本人の平均睡眠時間が増加した大きなポイントは、コロナ禍によるテレワークの普及働き方改革の2つ。しかし、テレワークに関しては新型コロナに関わる規制緩和が進んで以降、オフィス出勤に戻す向きもあります。睡眠時間の増加に貢献したテレワークという働き方は、廃れてしまうのでしょうか?

「在宅勤務の向き不向きは職種によって異なるため、テレワークだけを働き方の指針にするのは適切ではありません。問題は『通勤に時間をかけず、きちんと睡眠時間を確保したい』という従業員の意思があっても会社組織の方針や社内の空気により、睡眠時間を確保することの大切さがないがしろにされてしまうことです」

以前から『眠りのレシピ』でもお伝えしているとおり、睡眠不足は心身の健康を損なう要因になり得るほか、仕事のパフォーマンスを低下させてしまいます。これは山本先生が上場企業700社を対象に行った調査でも同様に、睡眠時間とその質をしっかり確保している会社ほど、統計的に利益率が高いことが明らかになったといいます。

「日本人の睡眠時間はまだまだ短く、長時間労働も中小企業を中心にさらなる是正が必要です。バブル期の成功体験により、寝ずに働くことが業績アップの大前提、といった考え方が残っていることも事実でしょう。しかし、睡眠時間を削るような働き方では従業員の健康を損ないかねません。反対に睡眠時間と質を確保すれば、皆が生き生きと働くことができ、結果的に企業のパフォーマンスと業績も向上するのです」

 

さらなる普及が急がれる、勤務間インターバル制度



従業員が健康に、生き生きと働くことが企業の業績を向上させる——。そうした考え方の下、業績向上という経営の視点から従業員の健康を増進させるための取り組みを実践することを「健康経営」といい、大企業では広く浸透を始めています。

そして、健康経営の戦略の一つとしても、さらには働き方改革関連法に盛り込まれた一つとしても注目されているのが、「勤務間インターバル制度」です。

この制度は1日の勤務終了後、翌日の出社までに一定のインターバル、つまりは休息時間を設けることで、働く人の生活時間や睡眠時間を確保しようとするもの。残業が生じた際には企業が定めた休息時間に基づき、従業員は翌日の出勤時間を遅らせる、という仕組みです。

「2019年4月に施行された働き方改革関連法の一環として、この制度の導入は企業の努力義務に定められています。施行以来、大企業を中心に導入が進んではいますが、さらなる普及が必要だと考えます。なぜなら勤務間インターバル制度は、労働時間が長い日本でこそ、効果を得やすいからです」

欧州連合(EU)では今から30年前の1993年に、勤務間インターバル制度と同様の仕組みが制定されていますが、EU諸国は日本よりもそもそもの労働時間が短いため、制度を導入せずとも一定の休息が取れているといいます。

「それが日本の場合、忙しい時期には残業もやむを得ない、という考え方と慣習があり、働き方改革関連法の一環である時間外労働の制限においても、繁忙期には長く残業ができるだけの余地が残されています。しかし、勤務間インターバル制度が導入されれば、残業した翌日は遅く出社ができます。その分、睡眠時間が確保しやすくなるのです」

 

働き方改革の推進が、日本の睡眠時間を変える


山本先生によると、勤務間インターバル制度の導入割合は、従業員1000人以上規模の企業では約15%、上場企業では25%を超えている一方、中小企業では約6%にとどまっているといいます。(

「特に中小企業は人手不足を従業員一人ひとりの労働時間で補う必要があるため、導入が進みづらいのが現実です。しかし、検証途中ではあるものの、この制度を導入した企業は睡眠時間や睡眠の質が改善されるほか、仕事への熱意などを表すワークエンゲージメントや企業への愛着などを表す従業員エンゲージメントが高まることが分かりつつあります」

テレワークの普及によって睡眠時間の増加が見られただけでなく、勤務間インターバル制度という働き方改革の導入によっても睡眠時間は改善し、さらには従業員のモチベーションもアップ。「世界一眠らない国」と称される日本ですが、改善策は示されているのです。
 
***


働き方の工夫によって睡眠時間は改善でき、睡眠時間が改善することにより、企業の業績アップも期待できる——。

今、寝る間も惜しんで働いている人にとっては、どこか絵空事のように聞こえるかもしれません。しかし、山本先生は「睡眠時間を削るような長時間労働が常態化している企業であればこそ、働き方改革の効果が如実に表れるはずです」と指摘。

良い睡眠が人々の健康を支えるように、良い睡眠は企業においても従業員が気持ちよく働き、業績を向上させるために不可欠なのです。  
 

慶應義塾大学商学部教授 同大学経済研究所 パネルデータ設計・解析センター長

山本勲 先生

1993年に慶應義塾大学商学部卒業、1995年に同大大学院商学研究科修了、2003年にブラウン大学より経済学博士号(Ph.D.)取得。1995年から2007年まで日本銀行に勤務した後、2007年に慶應義塾大学商学部准教授、2014年より現職。主な著作に『実証分析のための計量経済学』(中央経済社)などがあり、近著は『コロナ禍と家計のレジリエンス格差』(共編著/慶應義塾大学出版会)。 

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