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伊藤紺さん連載【1週間のタオル】1週間の始まりを後押ししてくれる月曜7時の<moussepuff>

2022.06.28

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伊藤紺さん連載【1週間のタオル】1週間の始まりを後押ししてくれる月曜7時の<moussepuff> 伊藤紺さん連載【1週間のタオル】1週間の始まりを後押ししてくれる月曜7時の<moussepuff>

うれしいときも、さみしいときも、疲れきったときもそばにいてくれるタオル。日々を生きる心と身体をふわっとやさしく包みます。

歌人の伊藤紺さんが綴る、あなたに寄り添うタオルの物語。今回の舞台は月曜朝7時。職場に行くのがちょっぴり億劫になっている女性のお話です。

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部屋に差し込んだ光の写真

6時45分。壮絶な眠たさを見越して15分早く設定したアラームが鳴る。眠い。なんとかアラームを止め、もう一度枕に顔を埋める。あと15分で起きねば…。我ながらムダな時間だと思わなくもないが、この15分でぎりぎり何かを守っている気もする。二度寝による寝坊防止の意味を超えて、もっと心全体に関わること。たった1度きりをタイミングを逃してはいけないこと、その普通の人からしたらなんてことないのかもしれないプレッシャーを少しだけほどいてくれる。布団の中はじんわり温かく、少し暑いくらい。窓の外から鳥の鳴き声がする。分厚めのグレージュのカーテンがうっすら透けて、隙間から漏れる光がソファの上で揺れている。晴れらしい。

布団の中で身体を丸め、目を細めながらスマホを開く。SNSを開くと青木さんがテーマパークのカチューシャをつけて友人と互いに撮り合っている楽しそうな写真が飛び込んできた。青木さんは会社の一つ下の後輩で、明るくて気が利いて、仕事もできる。同性として少し嫉妬するようなところがないわけではないが、嫌味なところがひとつもなく、本当にいい子で、好きだった。

歯磨きをする女性

青木さんが愛される理由の一つに、返しのうまさがある。返事がいちいち絶妙にうまい。ほめられても決して謙遜せず、それでいて少しだけ照れてみせるのが愛らしいし、注意されても背負いすぎることなく、さらっと、それでいて真摯に謝り、その後の対応と順応がすごく早い。あまりにすごいので、返しの一つひとつを覚えて、真似をしてみたことも何度かあるが、なかなか使う場面がしっくりこない。真似してできるものではない、ということを学んだだけだった。

私自身、ずたぼろに仕事ができないということはないと思う。でも、やたらといろんなことを気にしすぎるところがある。先輩や上司に注意されると、落ち込むより先にどうにも恥ずかしい気持ちになって、そのあとの行動が萎縮してしまう。自分自身が否定されているんじゃないことはよくわかっているのに、恥ずかしさや情けなさが身体の内側から汗腺へじわじわと染み出してきて、一挙一動が恥ずかしく、声を発することにすら勇気が必要になる。3年目の今年は、時期をみて営業先に一人で向かうことになっている。こんなことではダメだと思うものの、反射的に訪れるあの猛烈な恥ずかしさはまだ自分にはどうにもできない。

6時55分。二度目のアラームが鳴る。あと5分。朝をもっと快適に過ごす方法はないものだろうか。この15分間は、わたしを守るものではあるけれど、同時に、重くてしんどい時間であることも確かだ。布団の中で起き上がれない時間が積もるほど、恥ずかしかったこととか、うまく返事できなかったことなどがむくむくと思い出される。実際に起きれば睡魔はゆっくり引いていくし、毎朝のコーヒーの時間は割と好きな時間なのだから、さっと起きればいい。そう思うのに、いつも結局こう。

もう一度スマホを開く。もう梅雨入りしたのか。あと数週間もすれば、夏が来ると思うと、少し未知の気分になる。夏が好きなわけでもなければ、梅雨は大嫌いだが、天候ががらっと変わって、それに伴って自分の気分や服装が変わっていくことを想像するとほんの少しだけ不思議とワクワクする。自分よりも大きなものがどんどん変わっていくこと。そのたびに、日本中の人たちが服を変え、傘を買い、化粧や靴を変えていくこと。大きな帽子がほしいと、突然ちらりと思った。

7時。最後のアラーム。ここで起きないわけにはいかないので、仕方なく勢いで起き上がる。身体がどーんと重い。カーテンを開けると、日差しがぱっと部屋中に広がり、ちょっとくらくらした。窓を開けて外の空気を吸い込む。朝特有のすこし湿り気のある土と緑の匂いが爽やかに脳内に響いた。この季節が好きだ。昔家族でよく行ったキャンプ場の朝を思い出す。当時特別キャンプが好きなわけではなかったが、山の中にテントを張って、夜遅くまでココアを飲んで、朝、妙に解像度の高い目や耳や肌で焚き火やそこにかけられた網の上のパンの焦げ目、少し冷たい空気、どこからともなく聞こえるせせらぎの音を感じていた。あの時間は当時の他のどんな記憶より濃く身体に残っている気がする。今どんな都会に住んで、どんな高いビルに毎日通っていても消え失せることはなく、一生わたしの中に残り、一生わたしを呼ぶものだと思う。

タオルで顔を拭く女性

冷たい水で顔を洗う。最近買ったいいタオルで顔を拭く。<moussepuff>という名前のこのタオルは宣伝文句通りへたらなくておもしろいくらいだ。洗うほどに厚みを増してもちもちとしてくる様子は、なんだかちょっと生き物のようで、つい気にかけてしまう。もふっと顔を埋めると、太陽のいい匂い。ああ、今、悪くない。どうして毎日こういう状態でいられないんだろうと思う。自分が動き出して、自分の時間を生きている間はこんなに堂々と自然だ。ほめられても怒られても、堂々としていられたらいいのに。こんな毎日のことも、あと数年したら繊細でかわいかった若い自分の記憶になるだろうか。

適当なコーヒーを淹れながら考える。学生の時は自分や周りの若さが毎日恥ずかしく、早く大人になりたかった。なのに、年を重ねるごとにそれらは気にしなくていいことだったと思うようになったばかりか、むしろその勢いや、ピュアさを羨ましく思うことすらある。多分、ずっとそういうものなんだろう。これが自分の25歳だと思って、ある程度諦めながら、受け止めるしかない。どうしてもできないことは、多分しばらくできない。少しずつゆっくり改善できたらそれだけですごい。

爽やかな緑のイメージカット

そう思うと、できない自分、無意識の自分の頑固さがちょっとだけ許せてきた。できる人はそれはそれはすごい。かっこいい。でもそうじゃないのも悪いってわけではない。全ての経験がきっと、あんまり無駄にはならない。青木さんじゃないわたしの経験は、きっと青木さんみたいじゃない誰かを救うこともあるだろう。いや、救わなくても、役立たなくてもそれはそれでわたしのかわいい思い出になるだろう。コーヒーを飲み終える。マグカップをテーブルに置いたまま、化粧をしに椅子から立った。

<今回のタオル>

伊藤紺さん連載【1週間のタオル】1週間の始まりを後押ししてくれる月曜7時の<moussepuff>

<moussepuff>

洗うほどふっくら膨らむパフィールコットン(浅野撚糸との共同開発糸)を使用し、まるでムースのような肌触り。水分が繊維1本1本の隙間に入りやすく、普通のタオルと比べて吸水性が優れています。ずっと柔らかい肌触りと吸水力の持続性が特徴で、そのふわふわの風合いを長く楽しむことができます。

バスタオル:¥4,400(税込)

スマートバス:¥3,080(税込)

伊藤紺さん

歌人・コピーライター

伊藤紺さん

2019年歌集『肌に流れる透明な気持ち』、2020年短歌詩集『満ちる腕』を刊行。ファッションブランド「ZUCCa」2020AWムックや、PARCOオンラインストアの2020春夏キャンペーンビジュアル、雑誌『BRUTUS』『装苑』等に短歌を制作。2021年浦和PARCOリニューアルコピーを担当。過去連載に写真家・濱田英明氏の写真に言葉を書く、靴下屋「いろいろ、いい色」。(InstagramTwitter

2019年歌集『肌に流れる透明な気持ち』、2020年短歌詩集『満ちる腕』を刊行。ファッションブランド「ZUCCa」2020AWムックや、PARCOオンラインストアの2020春夏キャンペーンビジュアル、雑誌『BRUTUS』『装苑』等に短歌を制作。2021年浦和PARCOリニューアルコピーを担当。過去連載に写真家・濱田英明氏の写真に言葉を書く、靴下屋「いろいろ、いい色」。(InstagramTwitter

Photo | Ryo Tsuchida

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