bar bossa林さんの連載小説『タオル越しの、あの人 vol.12』
2019.09.10
楽しむ東京・奥渋谷に佇むbar bossa。店主の林伸次さんは、カウンター越しにたくさんのお客さまの人生を見てきました。
泣いたり、安心したり、汗をかいたり、眠ったり…生きているといろんな瞬間が訪れます。ちょっと目を向けてほしいのが、どの場面にもひっそりと、柔らかいタオルがあるということ。タオルは大切な瞬間、あなたの傍らにいるんです。
そんな『タオル越しの、あの人』の物語を、林さんが書き下ろします。
今回は、おばあちゃんのことが大好きな、嘘がつけないおじいちゃんのお話。
*****
「おじいちゃんは、おばあちゃんのどういうところが好き?」
おばあちゃんが入院している病院へと向かうタクシーの中で、私はおじいちゃんに聞いてみた。
「そんな質問、生まれて初めてだな。おばあちゃんのことはもちろん大好きだけど、どういうところが好きだなんて考えたこともなかったよ」
「でも、好きだから結婚したんでしょ?恋愛結婚なんだよね?きっかけは何だったの?」
「恋愛結婚って言っても、おじいちゃんの会社の同僚が『紹介したい女性がいるから』って言ってくれて、会社の近くのちょっとキレイな洋食屋で会ったんだ。同僚とおじいちゃんとおばあちゃんが3人でハンバーグを食べながら、『初めまして』ってね」
「おばあちゃん、かわいかったんでしょ?」
「かわいかった。本当にかわいかった。『私、こんなおいしいハンバーグ初めて』って言ってね。なんだか一生懸命に食べてた。おじいちゃん、もうハンバーグの味なんてわからなくなってね。『この子、かわいいなあ。この子と結婚できたら幸せだなあ』ってことばかり考えてた」
「そしてどうなったの?」
「同僚が『おい。おまえ、何さっきから見とれてるんだ。なんか質問とかしろ』って言ってくれて。そしたら、おばあちゃんが『うふふ』って笑って、それでおじいちゃん、その瞬間、時間が止まってしまったかと思っちゃった。そのあと何を話したか、まったく覚えていない」
「頭が真っ白になったんだ」
「そうだな。そしたらおばあちゃんが、『私、一度結婚したことがあって、息子が1人いるんです』って言うんだ。おじいちゃん、もうおばあちゃんのことが大好きになってるから、もうとにかくすごくかわいいから、『良いです。良いです。全然構いません。息子さんもあなたも僕が幸せにします』って言っちゃって。その同僚も『おいおい。今日会ったばかりなのに、もう結婚の話か?』って言って、みんなで大笑いして」
「それがパパだ」
「そうだね。おばあちゃんのどういうところが好き、かあ。最初はかわいいって思ったのと、結婚してからはいつも明るくて良いなあって思ってたかな」
タクシーが病院に着き、私たちはおばあちゃんの病室へと向かった。おばあちゃんは胃の手術を終えて、今日が退院の日だ。おばあちゃんは部屋着ではなく、かわいい花柄のワンピースに着替えている。とてもおばあちゃんらしい。
お医者さんや看護師さんに「お世話になりました」と頭を下げて、私たちはまたタクシーに乗り込んだ。そして私は、今度はおばあちゃんに「おばあちゃんは、おじいちゃんのどういうところが好き?」と同じ質問をしてみた。
「おじいちゃんと初めて会ったときはね、おじいちゃんが来ることなんて知らなかったの。いとこのお兄ちゃんが『洋食屋でハンバーグをご馳走してくれる』って言うから、うれしくて行っただけだったの。そしたら優しそうな男の人がいて、『初めまして』なんて言って。おばあちゃんね、おじいちゃんのことを見てすぐに、あっ、この人と結婚するんだってわかってね。でも、恥ずかしくて目が合わせられなくて。ずっとハンバーグばかり見てたの。
それでおばあちゃん、離婚したことがあって息子がいることを言っとかなきゃって思ってね。この男の人をすごく好きになってしまう前に、この人の反応を見ておかなきゃって思った。そしたらおじいちゃんが、『良いです。良いです。息子さんもあなたも僕が幸せにします』って言い出しちゃって」
「それがパパだ」
「そう。えーっと…おじいちゃんの好きなところよね?優しいところが好きかな。でも一番好きなところは、おじいちゃん、おばあちゃんのことが大好きなの。そこが一番好きかな。
あなたのパパが高校生のときに、反抗期でおじいちゃんとケンカになってね。おじいちゃんに対して、『俺とおまえは血がつながってないのに父親ぶるな』って言ったことがあるのね。そしたら、こんなふうに言ったの。
『血はつながっていない。でもな、俺はおまえのお母さんに惚れてしまったんだ。こんなかわいい女性は、ほかにはいない。この女性と死ぬまでずっと一緒にいたい。この女性のことなら全部好きだ。当然、この女性の生き方も好きだし、過去も好きだ。だから俺は、血はつながってないけど、おまえのことが好きだ。父親ぶって悪かった。でも俺は、おまえがお母さんの息子というだけで好きだ』
それからは、あなたのパパは何にも反抗しなくなった。誰かをすごく好きになるっていうのが、一番良いものだよ」
おばあちゃんはそう言うと、病院のタオルを出して、涙を少し拭いた。そして、こう付け加えた。
「そういえば、おじいちゃんにはちょっとダメなところもあってね。それは、嘘がつけないところ。おばあちゃんの病気、この間の手術で全部治ったって、おじいちゃんが言ってるでしょ?すぐに嘘だってわかったんだ。おじいちゃん、嘘をつくとき、おばあちゃんの目を真っ直ぐに見ないから。おばあちゃんがおじいちゃんの目を見ると、さっと目をそらす。
でも、そういう嘘をつけないおじいちゃんも好きかな。こんなに好きな人に出会えて、幸せな人生で良かったよ」
おじいちゃんのほうを見ると、おじいちゃんも少し涙を流していて、おばあちゃんがその涙を優しくタオルで拭いた。
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これまでの『タオル越しの、あの人』は、コチラ
bar bossaバーテンダー
林伸次さん
1969年徳島県生まれ。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年渋谷にbar bossaをオープンする。2001年、ネット上でBOSSA RECORDSをオープン。選曲CD、CD ライナー執筆多数。『カフェ&レストラン』(旭屋出版)、『cakes』で、連載中。著書『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか』(DU BOOKS)、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)。韓国人ジノンさんとのブログ。
林さんのTwitter(@bar_bossa )。
1969年徳島県生まれ。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年渋谷にbar bossaをオープンする。2001年、ネット上でBOSSA RECORDSをオープン。選曲CD、CD ライナー執筆多数。『カフェ&レストラン』(旭屋出版)、『cakes』で、連載中。著書『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか』(DU BOOKS)、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)。韓国人ジノンさんとのブログ。
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