#お題はタオル〜渡辺平日さん編〜「温かいタオルケットに包まれているあいだは、」
2020.11.30
楽しむみなさんは「タオル」というと、どんなイメージを思い描きますか?
「ふわふわ」「あたたかい」「優しさ」「涙」――。
楽しいときも辛いときもそっと傍らにあるタオルを題材に、リレー形式のエッセイを連載をはじめます。
第二回は日用品愛好家の渡辺平日さんのお話です。
***
「平日さん、『タオル』をテーマに文章を書いてくれませんか?」。ある日、メールボックスをチェックしたら、こんなかわいい依頼が届いていました。
「タオルの話」と聞いてまっさきに思いついたのが、コインランドリーでタオルケットを乾かすのが好きだということ。フカフカの大きな布に顔をうずめる行為は、だれがなんと言っても気持ちがいいものです。
ただ、この手のエピソードってありがちだし、なんとなく色気もありません。これはまずいと必死に頭をひねりましたが、一度思いつくと「ほかの話」はなかなか出てこなくて。
そこで、ちょっとアドバイスをもらおうと考え、母親に電話をかけてみました。
***
「あっ、お母さん?」
「もしもし、どうしたの?」
「いろいろあって、タオルについての文章を書くことになってね。なにかタオルに関する思い出ってあったりする?」
「タオルの思い出ねえ」
「たとえばほら、子どものころにお気に入りのタオルを肌身離さず持っていたとか、いろいろあるじゃない」
「急に言われても思いつかないよ。ステーキの話だったら、とっておきの思い出話があるんだけどね」
「ステーキ? ぜんぜん関係ないじゃないか」。僕は愕然としました。
だけど、大の肉好きということもあって話がはずみ……。結局、「最高の焼肉屋さんを見つけたからこんど行こうよ」などと盛り上がってしまいました。
僕はすぐに話を脱線させてしまうタイプなのですが、なんとなく原因が分かった気がします。この親にしてこの子ありというか。
***
近所にあるコインランドリーの話をしましょう。そこは個人が経営している小さなお店で、雰囲気はかなりわびしいのですが、なぜかその外観をひと目見たときから好感をいだいていました。
そこへはじめて足を踏み入れたとき、「えっ」と驚きました。乾燥機は2台しかないのに、自動販売機は5台も用意されていたからです(行くたびに「比率が逆じゃないかな?」とツッコんでしまいます)。
そんな風変わりなコインランドリーで、僕はいつも、缶コーヒーを飲みながら洗濯物が乾くのを待っています。それは退屈といえば退屈な時間です。でも、なにかと忙しい時代に生きている我々にとって、そういう「ひととき」はけっこう貴重なのではないでしょうか。
ところで、僕はタオルと同じくらい乾燥機も好きです。せっせと働いている姿はなんとも健気で、「よし。自分もがんばろう」という気持ちにさせてくれます(ちなみに洗濯機に対してもだいたい同じ感情を抱いています)。
しかしその情熱は長くは続きません。フカフカになったタオルケットを見ると、僕の理性はどこかへ飛んでいってしまうから。
「ちょっと横になろうかな」などと言いながらその温もりを感じているうちに、だんだん、まぶたが重くなってしまいます。この誘惑に打ち勝てる人ってこの世に存在するのかな?
***
「眠り」にまつわる小話をひとつ。
「飼い猫が眠っているあいだは、なにも悪いことは起こらない気がする」と、ある小説家が言っていました。その感覚はなんとなく分かりますが、僕は猫を飼った経験がないので、完全に理解することはできません。
自分ならその感覚をどう表現するだろう。うーん、「温かいタオルケットに包まれているあいだは、なにも悪いことは起こらない気がする」といったところでしょうか。
***
話題があっちへ行ったりこっちへ来たりですみません。もうすこしタオルについて語ります。
執筆の参考にしようと、友人たちに「タオルの思い出ってある?」と尋ねてみました。すると不思議なことに、みんなが口を揃えて「特にないなあ」と言うのです。いったいどうしてだろう。
「タオルがあまりにも身近な存在だから」というのが、現時点での僕の答えです。生まれたときからそばにあるものなので、その存在について省みる機会がない。だからはっきりとした思い出がないのではないでしょうか(これはちょうど、故郷のいいところを他人にうまく説明できないことと似ています)。
それはそれで素敵なことです。でも、たまには労ってあげるのも悪くないと思います。
「労るってどういうふうに?」
そうですね、たとえば……。コインランドリーに招待してあげるとか?
***
最後に、ふと思い出した話をひとつ。中学生のときに社会科の授業かなにかで、タオルの博物館へ行ったことがあります。正直なところ、最初は「博物館で勉強?そんなのかったるいぜ」という感じだったのですが、なんだかんだで満喫してしまいました。
とりわけ記憶に残っているのは、生地を顕微鏡で観察できるコーナー。タオルってきれいに糸が並んでいるように見えますよね。実はああ見えて、細い繊維があっちへ行ったりこっちへ来たりで、わりにおもしろい感じになっているんですよ。
……そんな彼たち(あるいは彼女たち)に、親近感を覚えるのは僕だけでしょうか?